お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
今日のまかない、マグロ丼でした!

中落ちというか、ほぼ柵です。
鮪屋さんがサービスでお値打ちに売ってくれて。
ありがたい限りです。
中トロも噛んでます。
めっちゃ美味かった!!!
炊きたてご飯に乗っけただけの、単純明快マグロ丼。
でもこれがもう、最高だえ!
シンプルが一番うまいってこと、たまにあるんですよね。
皆さんもそういう「乗せただけなのに最高」みたいな一皿、ありますよね?
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
今日のまかない、マグロ丼でした!

中落ちというか、ほぼ柵です。
鮪屋さんがサービスでお値打ちに売ってくれて。
ありがたい限りです。
中トロも噛んでます。
めっちゃ美味かった!!!
炊きたてご飯に乗っけただけの、単純明快マグロ丼。
でもこれがもう、最高だえ!
シンプルが一番うまいってこと、たまにあるんですよね。
皆さんもそういう「乗せただけなのに最高」みたいな一皿、ありますよね?
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
7/27(月)は定休日でした。
朝のルーティンをこなして、そのままジムへ。
今日は2時間、汗を流してきました!
体動かすと頭もスッキリするので、定休日はほぼ固定でジムに行ってます。
その後は特に予定も入れず、家でダラダラ過ごしました。
こういう「何もしない時間」が、意外と大事だったりするんですよね。
皆さんもそうですよね?
営業日はずっと動きっぱなしなので、休みの日くらいは緩めにいこうかなと思ってます。
また明日から頑張ります!
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
今日のまかないは銀鮭です。
これ、以前ちょっとお話ししたかもしれないんですけど、知り合いの店に朝飯を食べに行った時に出てきた鮭がまじでうまくて(笑)
「これどこの?」って聞いて、同じものを仕入れちゃいました(^^)
で、今日はまず試作で焼いてみることに。
皮はパリッと、脂はしっかりのって、身はふっくら。
焼いてる途中から「あ、これは絶対うまいやつだ」ってテンション上がってましたw

そのまま試食も兼ねてまかないに。
玄米と、青みたっぷりのお味噌汁と一緒にいただきました。
うまい!普通にうまい!!!
僕もこの鮭使って、朝食イベントとかやろっかなぁ〜とか考え始めてますw
いつかやったらまた報告しますね。
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
先日、知り合いのお店へ朝食をいただきに行ってきました。
とても丁寧に作られた朝食で、その中でも印象に残ったのが焼き鮭です。
「百花繚蘭でも朝食をやってみるのも面白いかもしれない。」
そんなことを考えながら帰ってきました。

今日は、その時にいただいた焼き鮭を思い出しながら試作をしてみました。
焼き魚はシンプルだからこそ、火加減や塩加減、焼き上げるタイミングで仕上がりが大きく変わります。
少し焼き方を変えるだけでも、身のふっくら感や皮の香ばしさはまったく違う表情になります。
実際に焼いてみると、まだ改善したい点も見えてきました。
こうした試作を重ねながら、自分なりの「美味しい」を探していく時間も料理人にとって大切な仕事です。
朝食は一日の始まりを支える料理。
派手さはありませんが、毎日食べたくなるような一皿を目指して、これからも少しずつ研究を続けていきたいと思います。
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
今日はまかないで冷たい麺をいただきました。

暑い日が続くと、自然と冷たいものを選ぶ機会が増えてきます。
今日の一杯も、しっかりと冷水で締められた麺に刻み海苔がたっぷりと盛られ、つけ汁は醤油ベースと辛味のある二種類。それぞれ薬味のねぎが添えられ、その日の気分で味を変えながら楽しめる内容でした。
同じ麺でも、つけ汁が違うだけで受ける印象は大きく変わります。
醤油のつけ汁は麺の風味を素直に感じられ、辛味のあるつけ汁は食欲を刺激してくれます。主役は麺ですが、つけ汁が料理全体の個性を作っていることを改めて感じました。
和食も同じです。
出汁が少し変わるだけで料理の輪郭が変わり、醤油や味醂の配合がわずかに違うだけでも、食べ終えた後の余韻まで変化します。
だからこそ私は、一つひとつの調味料だけではなく、「全体の調和」を大切にしています。
まかないは営業とは違い、肩の力を抜いて料理を楽しめる時間でもあります。
だからこそ、「なぜ美味しいと感じるのか」「もう少しこうしたらどう変わるのか」と、純粋に料理と向き合うことができます。
こうした小さな発見は、すぐに献立へ反映されるものばかりではありません。
それでも毎日の積み重ねが、数か月後、一年後の一皿に繋がっていくと考えています。
料理の勉強は、特別な食材や高価な料理だけでするものではありません。
普段のまかないの中にも、次の一皿へ繋がるヒントはたくさん隠れています。
今日も美味しくいただきながら、料理について考える良い時間になりました😊
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
今日のまかないは冷麦でした。

夏になると食卓に並ぶ機会が増える冷麦。
家庭では馴染みのある料理ですが、料理人の目線で見ると、とても奥が深い一品だと感じます。
今日は醤油ベースと辛味のある二種類のつけ汁でいただきました。
同じ冷麦でも、つけ汁が変わるだけで印象は大きく変わります。
醤油ベースは冷麦本来の風味や喉越しを素直に楽しめますし、辛味のあるつけ汁は食欲を刺激し、暑い日でも箸が止まらなくなります。
どちらが正解ということではなく、それぞれに違った魅力があります。
こういうシンプルな料理ほど、基本の大切さを実感します。
茹で加減はどうか。
しっかり冷水で締められているか。
つけ汁とのバランスは取れているか。
具材をたくさん使わないからこそ、一つひとつの仕事がそのまま料理の完成度に表れます。
和食も同じです。
素材を活かす料理だからこそ、派手な技術よりも基本の積み重ねが何より大切になります。
毎日のまかないは、お腹を満たすだけの時間ではありません。
普段何気なく食べている料理の中にも、新しい気付きや学びがあります。
その積み重ねが、百花繚蘭でお出しする一皿にも少しずつ活かされていくのだと思います。
今日も美味しくいただきながら、改めて基本の大切さを考える良い時間になりました😊
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
料理を作っていると、時々こんなことを考えます。
人は本当に「味」だけを食べているのでしょうか。
甘い。
辛い。
酸っぱい。
苦い。
旨い。
もちろん、それらは料理を形づくる大切な要素です。
けれど、同じ料理を食べても、
忘れられない一皿になる日もあれば、
「美味しかった」で終わる日もあります。
その違いは、味覚だけでは説明できません。

今月の一皿では、鱧を三つの仕立てで表現しています。
同じ鱧でも、
合わせるものや温度、
香りや食感が変われば、
まったく違う表情を見せます。
けれど、どれだけ姿を変えても、
その中心にあるものは鱧です。
人も同じなのかもしれません。
立場が変わり、
環境が変わり、
出会う人が変わる。
そのたびに、
見える景色も、
考え方も、
少しずつ変わっていきます。
昨日の自分と今日の自分は、
同じようでいて、
まったく同じではありません。
料理もまた、
食べる人の状態によって味わいが変わります。
嬉しい日に食べる料理。
疲れた日に食べる料理。
大切な人と食べる料理。
一人で静かに向き合う料理。
皿の上にあるものは同じでも、
受け取る側の心が違えば、
その料理の意味も変わります。
料理は、
食べた瞬間からなくなっていきます。
絵画のように残り続けるわけでもなく、
建物のように形を留めるわけでもありません。
だからこそ、
料理には独特の儚さがあります。
なくなることが前提だから、
その一瞬に意味が生まれる。
そして、
形として残らない代わりに、
記憶の中へ残っていく。

美味しい料理を作ることは、
料理人として当然の仕事です。
ただ、
本当に目指したいのは、
味の先に何かが残る料理です。
季節を思い出す。
誰かとの会話を思い出す。
あの日の空気や、
店の静けさまで蘇る。
そんなふうに、
一皿が記憶の扉になることがあります。
人は料理を食べているようで、
本当は時間を食べているのかもしれません。
その日の空気。
その時の感情。
目の前にいる人。
そして、
二度と同じ形では戻ってこない一瞬。
百花繚蘭では、
料理を通して、
そんな時間をお渡ししたいと考えています。
食べ終えたあと、
お腹だけではなく、
心のどこかに何かが残る。
そんな一皿を、
これからも作り続けたいと思います。
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。
第一話では「朝ごはんとは何か」を考えました。
第二話では、料理の温度について考えました。
そして今日、この三話目を書きながら、一つだけはっきりと感じたことがあります。
料理は、時間を食べるものなのかもしれない。
一杯の味噌汁。
その中には昆布が水の中で静かに旨味を渡した時間があります。
鰹節が香りを残した時間があります。
味噌が何か月、何年も発酵してきた時間があります。
一膳のご飯も同じです。
田植えから始まり、
夏の日差しを浴び、
秋に実り、
精米され、
炊き上がる。
私たちが口に運ぶ一粒の米には、一年という時間が詰まっています。
焼き鮭もそうです。
魚が海を泳いできた時間。
料理人が火加減を見続けた時間。
そのすべてが一皿になります。
だから料理は、食材だけでは語れません。
時間まで含めて料理なのだと思います。
私は料理人になって二十年以上になります。
毎朝市場へ行き、
季節と向き合い、
仕込みを重ね、
お客様を迎える。
同じことの繰り返しに見えて、
一日として同じ日はありません。
その積み重ねが、百花繚蘭という店を少しずつ形づくってきました。
だから今回の朝食は、私に新しい夢を与えてくれました。
百花繚蘭でも、朝の時間を届けてみたい。
毎日ではありません。
それでは、この静かな特別感は失われてしまう気がします。
月に一度。
あるいは祝日や連休の朝だけ。
まだ街が静かな時間に暖簾を掛け、
炊きたてのご飯の香りでお客様を迎える。
主役は豪華な食材ではありません。
ご飯。
味噌汁。
焼き魚。
季節の小鉢。
当たり前だからこそ、一切妥協しない。
そんな朝の献立を作ってみたいと思っています。
料理人として思うのです。
料理は空腹を満たすものではあります。
けれど、それだけではありません。
誰かの一日を少しだけ豊かにすること。
その人の心を整えること。
その役割も、料理にはあると私は信じています。
百花繚蘭の朝食イベント。
まだ構想段階です。
実現するかどうかも、まだ分かりません。
けれど、この三話を書き終えた今、以前よりもその景色がはっきりと見えるようになりました。
朝には、昼にも夜にもない静けさがあります。
その静けさを、一膳の料理で表現できたら。
それは百花繚蘭にしかできない、新しいおもてなしになるかもしれません。
知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。
あの日いただいたのは、料理だけではありませんでした。
一つの問いであり、
一つの学びであり、
そして、一つの夢でした。
料理は、人を満たす。
料理は、人を整える。
料理は、人を前へ進ませる。
その力を信じて、これからも一皿一皿と向き合っていこうと思います。
ここまで三話にわたりお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
百花繚蘭の新しい挑戦が始まる日を、どうぞ楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです😊
【完】
ではまた明日😊
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です
前回、「朝ごはんとは何か。」という問いについて考えてみました。
知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。
焼き鮭、ご飯、豚汁、小鉢。
どれも丁寧に作られた料理でした。
その朝食を思い返していて、ふと気づいたことがあります。
私の記憶に一番残っていたのは、料理そのものではありませんでした。
湯気です。
豚汁から立ち上る湯気。
炊きたてのご飯から立ち上る湯気。
焼き鮭から漂う湯気。
料理人は、味を作ります。
香りも作ります。
見た目も作ります。
でも、それ以上に「温度」を作っているのかもしれません。
考えてみれば、不思議です。
夏でも人は温かい味噌汁を飲みます。
暑い日でも、温かいご飯を求めます。
冷たい方が身体は楽なはずなのに、朝だけは温かいものを欲する。
それはなぜなのでしょう。
私は、「安心」という感情には温度があると思っています。
悲しいとき。
人は「温かいものでも飲みなさい」と言います。
疲れたとき。
「何か温かいものを食べよう」と言います。
逆に、冷たい料理で心がほどけることは、あまりありません。
料理の温度は、心の温度なのかもしれません。
だから朝ごはんは、身体を起こすだけではなく、心も起こしている。
夜の眠りから覚めたばかりの心は、まだ静かです。
そこへ最初に届くのが、湯気です。
出汁の香り。
味噌の香り。
炊きたての米の香り。
目には見えないその湯気が、
「おはよう。」
と語りかけているような気がします。
料理には、不思議な力があります。
味より先に、香りが届く。
香りより先に、温度が届く。
そして最後に、味が届く。
料理とは、舌だけで味わうものではありません。
手で感じる器の温もり。
頬に触れる湯気。
耳に届く、ご飯をよそう音。
五感すべてで朝を迎える時間。
それが朝ごはんなのだと思います。
料理人は火を使います。
火は食材を変えるためだけにあるのではありません。
人の心を、少しだけ柔らかくするためにもあるのだと思います。
だから私は、料理の温度を大切にしたい。
熱ければいいわけではない。
ぬるければいいわけでもない。
その料理が、一番美味しく、一番心に届く温度。
それを探し続けることも、料理人の仕事です。
あの日いただいた3,800円の朝食は、私にもう一つの問いを残しました。
「料理は、何度で人の心に届くのだろう。」
その答えを、私はまだ探しています。
だから料理は、面白い。
第三話へ続く
ではまた明日
お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊
先日、知り合いのお店へ朝食をいただきに行ってきました。
価格は3,800円。
焼き鮭を中心に、ご飯、豚汁、明太子、小鉢、卵、果物。
一見すると、とても素朴な和朝食です。
けれど、お米や味噌にも強いこだわりがあり、一品一品から丁寧な仕事が伝わってきました。

料理人という仕事は少し厄介です。
「美味しかった。」
その一言だけで終わることができません。
どうしてこの器なのか。
なぜこの順番なのか。
この3,800円という価格は、何に対して支払われているのか。
そんなことを考えながら箸を進めていました。
しかし、店を出る頃には、考えていたことが少し変わっていました。
「そもそも、人の朝ごはんとは何なのだろう。」
当たり前すぎて、誰も疑わないこと。
だからこそ、考えてみる価値があるのかもしれません。
人は一日に三度食事をします。
昼は活動のため。
夜は一日を締めくくるため。
では、朝は何のために食べるのでしょう。
栄養学なら、
脳を動かすため。
血糖値を安定させるため。
集中力を高めるため。
そう答えるでしょう。
もちろん、それは正しい。
けれど、その答えだけでは何か足りない気がします。
もし栄養だけが目的なら、完全栄養食でもサプリメントでも成立するはずです。
それなのに人は、何千年もの間、ご飯を炊き、出汁を引き、味噌を溶き、魚を焼いてきました。
効率だけを求めるなら、もっと簡単な方法はいくらでもあったはずです。
それでも、人は朝になると食卓を整える。
私は、その理由は「生きることを確かめるため」ではないかと思っています。
朝、目を覚ます。
眠っている間、人は社会から少しだけ離れます。
仕事も。
肩書きも。
悩みも。
喜びも。
すべてを一度手放し、静かな状態で朝を迎えます。
そして最初にすることが、「食べる」という行為です。
温かい味噌汁を口に運ぶ。
炊きたてのご飯を噛む。
焼き魚の香りを感じる。
その一口一口が、
「今日も私は生きている。」
そんな静かな確認なのではないでしょうか。
だから朝ごはんは、空腹を満たすためだけのものではない。
今日という一日を受け入れるための時間なのだと思います。
料理人は、料理を作っているようで、本当は時間を作っているのかもしれません。
出汁を引く時間。
ご飯を炊く時間。
魚を焼く時間。
その積み重ねが、一膳の朝ごはんになります。
知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。
私がいただいたのは料理だけではありませんでした。
その一膳の向こうにある、手間と時間、そして「朝」という時間を大切にする想いだったのだと思います。
料理には、お腹を満たす力があります。
でも、それだけではありません。
人の心を整え、暮らしに静かなリズムを与える力もあります。
だから私は、料理を作ります。
美味しいと言っていただくためだけではなく、
「今日もいい一日になりそうだ。」
そんな気持ちで店を後にしていただける一皿を目指して。
今回の朝食は、私に新しい問いを残してくれました。
百花繚蘭が朝の料理を作るなら、どんな時間を届けられるだろう。
その答えは、まだありません。
けれど、答えを探し続けることもまた、料理人という仕事の楽しさなのかもしれません。
第二話へ続く
ではまた明日😊