【百花繚蘭 思索録】第三話『一膳に宿る時間』


お疲れ様です。百花繚蘭の店主です😊

知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。

第一話では「朝ごはんとは何か」を考えました。

第二話では、料理の温度について考えました。

そして今日、この三話目を書きながら、一つだけはっきりと感じたことがあります。

料理は、時間を食べるものなのかもしれない。

一杯の味噌汁。

その中には昆布が水の中で静かに旨味を渡した時間があります。

鰹節が香りを残した時間があります。

味噌が何か月、何年も発酵してきた時間があります。

一膳のご飯も同じです。

田植えから始まり、

夏の日差しを浴び、

秋に実り、

精米され、

炊き上がる。

私たちが口に運ぶ一粒の米には、一年という時間が詰まっています。

焼き鮭もそうです。

魚が海を泳いできた時間。

料理人が火加減を見続けた時間。

そのすべてが一皿になります。

だから料理は、食材だけでは語れません。

時間まで含めて料理なのだと思います。

私は料理人になって二十年以上になります。

毎朝市場へ行き、

季節と向き合い、

仕込みを重ね、

お客様を迎える。

同じことの繰り返しに見えて、

一日として同じ日はありません。

その積み重ねが、百花繚蘭という店を少しずつ形づくってきました。

だから今回の朝食は、私に新しい夢を与えてくれました。

百花繚蘭でも、朝の時間を届けてみたい。

毎日ではありません。

それでは、この静かな特別感は失われてしまう気がします。

月に一度。

あるいは祝日や連休の朝だけ。

まだ街が静かな時間に暖簾を掛け、

炊きたてのご飯の香りでお客様を迎える。

主役は豪華な食材ではありません。

ご飯。

味噌汁。

焼き魚。

季節の小鉢。

当たり前だからこそ、一切妥協しない。

そんな朝の献立を作ってみたいと思っています。

料理人として思うのです。

料理は空腹を満たすものではあります。

けれど、それだけではありません。

誰かの一日を少しだけ豊かにすること。

その人の心を整えること。

その役割も、料理にはあると私は信じています。

百花繚蘭の朝食イベント。

まだ構想段階です。

実現するかどうかも、まだ分かりません。

けれど、この三話を書き終えた今、以前よりもその景色がはっきりと見えるようになりました。

朝には、昼にも夜にもない静けさがあります。

その静けさを、一膳の料理で表現できたら。

それは百花繚蘭にしかできない、新しいおもてなしになるかもしれません。

知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。

あの日いただいたのは、料理だけではありませんでした。

一つの問いであり、

一つの学びであり、

そして、一つの夢でした。

料理は、人を満たす。

料理は、人を整える。

料理は、人を前へ進ませる。

その力を信じて、これからも一皿一皿と向き合っていこうと思います。

ここまで三話にわたりお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

百花繚蘭の新しい挑戦が始まる日を、どうぞ楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです😊

【完】

ではまた明日😊

百花繚蘭 について

名古屋 覚王山で小さな日本料理店 「百花繚蘭」 を夫婦で営んでいます。 僕なりのイノベーティブな料理を月替りのお任せ懐石にてお出ししています。