お疲れ様です。百花繚蘭の店主です
前回、「朝ごはんとは何か。」という問いについて考えてみました。
知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。
焼き鮭、ご飯、豚汁、小鉢。
どれも丁寧に作られた料理でした。
その朝食を思い返していて、ふと気づいたことがあります。
私の記憶に一番残っていたのは、料理そのものではありませんでした。
湯気です。
豚汁から立ち上る湯気。
炊きたてのご飯から立ち上る湯気。
焼き鮭から漂う湯気。
料理人は、味を作ります。
香りも作ります。
見た目も作ります。
でも、それ以上に「温度」を作っているのかもしれません。
考えてみれば、不思議です。
夏でも人は温かい味噌汁を飲みます。
暑い日でも、温かいご飯を求めます。
冷たい方が身体は楽なはずなのに、朝だけは温かいものを欲する。
それはなぜなのでしょう。
私は、「安心」という感情には温度があると思っています。
悲しいとき。
人は「温かいものでも飲みなさい」と言います。
疲れたとき。
「何か温かいものを食べよう」と言います。
逆に、冷たい料理で心がほどけることは、あまりありません。
料理の温度は、心の温度なのかもしれません。
だから朝ごはんは、身体を起こすだけではなく、心も起こしている。
夜の眠りから覚めたばかりの心は、まだ静かです。
そこへ最初に届くのが、湯気です。
出汁の香り。
味噌の香り。
炊きたての米の香り。
目には見えないその湯気が、
「おはよう。」
と語りかけているような気がします。
料理には、不思議な力があります。
味より先に、香りが届く。
香りより先に、温度が届く。
そして最後に、味が届く。
料理とは、舌だけで味わうものではありません。
手で感じる器の温もり。
頬に触れる湯気。
耳に届く、ご飯をよそう音。
五感すべてで朝を迎える時間。
それが朝ごはんなのだと思います。
料理人は火を使います。
火は食材を変えるためだけにあるのではありません。
人の心を、少しだけ柔らかくするためにもあるのだと思います。
だから私は、料理の温度を大切にしたい。
熱ければいいわけではない。
ぬるければいいわけでもない。
その料理が、一番美味しく、一番心に届く温度。
それを探し続けることも、料理人の仕事です。
あの日いただいた3,800円の朝食は、私にもう一つの問いを残しました。
「料理は、何度で人の心に届くのだろう。」
その答えを、私はまだ探しています。
だから料理は、面白い。
第三話へ続く
ではまた明日