【百花繚蘭 思索録】第二話『朝は、なぜ温かいのか』


お疲れ様です。百花繚蘭の店主です

前回、「朝ごはんとは何か。」という問いについて考えてみました。

知り合いのお店でいただいた3,800円の朝食。

焼き鮭、ご飯、豚汁、小鉢。

どれも丁寧に作られた料理でした。

その朝食を思い返していて、ふと気づいたことがあります。

私の記憶に一番残っていたのは、料理そのものではありませんでした。

湯気です。

豚汁から立ち上る湯気。

炊きたてのご飯から立ち上る湯気。

焼き鮭から漂う湯気。

料理人は、味を作ります。

香りも作ります。

見た目も作ります。

でも、それ以上に「温度」を作っているのかもしれません。

考えてみれば、不思議です。

夏でも人は温かい味噌汁を飲みます。

暑い日でも、温かいご飯を求めます。

冷たい方が身体は楽なはずなのに、朝だけは温かいものを欲する。

それはなぜなのでしょう。

私は、「安心」という感情には温度があると思っています。

悲しいとき。

人は「温かいものでも飲みなさい」と言います。

疲れたとき。

「何か温かいものを食べよう」と言います。

逆に、冷たい料理で心がほどけることは、あまりありません。

料理の温度は、心の温度なのかもしれません。

だから朝ごはんは、身体を起こすだけではなく、心も起こしている。

夜の眠りから覚めたばかりの心は、まだ静かです。

そこへ最初に届くのが、湯気です。

出汁の香り。

味噌の香り。

炊きたての米の香り。

目には見えないその湯気が、

「おはよう。」

と語りかけているような気がします。

料理には、不思議な力があります。

味より先に、香りが届く。

香りより先に、温度が届く。

そして最後に、味が届く。

料理とは、舌だけで味わうものではありません。

手で感じる器の温もり。

頬に触れる湯気。

耳に届く、ご飯をよそう音。

五感すべてで朝を迎える時間。

それが朝ごはんなのだと思います。

料理人は火を使います。

火は食材を変えるためだけにあるのではありません。

人の心を、少しだけ柔らかくするためにもあるのだと思います。

だから私は、料理の温度を大切にしたい。

熱ければいいわけではない。

ぬるければいいわけでもない。

その料理が、一番美味しく、一番心に届く温度。

それを探し続けることも、料理人の仕事です。

あの日いただいた3,800円の朝食は、私にもう一つの問いを残しました。

「料理は、何度で人の心に届くのだろう。」

その答えを、私はまだ探しています。

だから料理は、面白い。

第三話へ続く

ではまた明日

百花繚蘭 について

名古屋 覚王山で小さな日本料理店 「百花繚蘭」 を夫婦で営んでいます。 僕なりのイノベーティブな料理を月替りのお任せ懐石にてお出ししています。